場の心理的安全性が低下しつつあるとき、多くの場合「やる気のない人がいる」「忙しさに追われて職場の雰囲気がよくない」といった感覚的な表現で状況をとらえがちです。しかし行動科学の視点から見ると、問題の本質はもっとシンプルです。それは、行動に対する周囲の反応が一貫していないことです。
人は安心して行動できるかどうかを、気分や信頼感ではなく、「これまでにどんな結果が返ってきたか」という経験から判断しています。
事例
ある企画会議の冒頭、マネジャーのAさんはこう言いました。
「今日は自由に意見を出してほしい。遠慮はいらないからね」
その言葉を聞き、部下のDさんは少し迷いながらも手を挙げました。
「現状の〇〇の進め方ですが、別の方法も検討できるかもしれません」
するとAさんは一瞬間を置き、少し強い口調で返します。
「それ、今さら言う話かな?全体フローについてはもう決まってるでしょ」
会議後、Dさんは同僚にこう漏らしました。
「今日はやめておけばよかったな……昨日は同じような場面でもちゃんと聞いてくれたのに」
専門家としての分析
この職場の問題は、メンバーの積極的な行動に対する上司の対応が安定していないことです。そのときの上司の気分によって、ポジティブに認めてもらうこともあれば、全く相手にされないこともある。このように上司の反応が安定しないことは、そこにいるメンバー全員の行動の安全性を阻害してしまいます。
行動科学では、人が行動を選択する際の判断材料となる刺激を「弁別刺激」と呼びます。上司の表情、声のトーン、意見に対する発言などが弁別刺激となり、メンバーは「この場面では発言しても安全かどうか」を判断します。評価者である上司の反応が日によって変わる場合、最も確実な選択肢である「何もしない」「黙っている」という行動が強化されていきます。職場のメンバーにとって、行動の結果が読めないことが、心理的安全性の低下につながるのです。
ポイント
- 発言への反応基準を個人や気分で変えない
- 否定的な反応をする場合も、伝え方を一定に保つ
- 「どう反応する組織か」を行動で示し続ける
安心して行動できるかどうかは、言葉ではなく反応の積み重ねで決まります。
今回のキーワード:弁別刺激
特定の行動の結果として予測される相手の反応は、その後の行動の手がかりとなります。この判断材料となる反応(刺激)のことを、行動科学では弁別刺激と呼びます。上司が部下の積極的な行動を評価する姿勢が安定して現れる職場では、行動の弁別刺激が予測できることで、心理的安全性が高まりやすくなります。
