心理的安全性が低下するとき、多くの人は「叱責された」「否定された」といったネガティブで分かりやすい出来事を思い浮かべます。
しかし行動科学の立場から見ると、もっと見落とされやすく、しかし影響の大きいきっかけがあります。
それが、無反応(無視)です。
行動に対して何の反応も返ってこない状態は、表面的には問題を起こしていませんが、実は相手の行動を確実に減少させ、職場の心理的安全性を損なっていきます。
事例
Eさんは、業務改善に前向きな社員でした。
ある日、チームミーティングでこう発言します。
「今の報告フローですが、少し簡略化できると思います。例えば──」
マネジャーは資料を見ながら「うん」と一言うなずいただけで、話題はそのまま次に移りました。
Eさんは「忙しかったのかな」と思い、その場では気にしませんでした。
数週間後、Eさんは別の改善案を思いつきますが、その後、Eさんが会議で意見を述べることは、ほとんどなくなりました。
専門家としての分析
行動科学では、行動が増えるか減るかは「直後にどんな結果が起きたか」で決まると考えます。
Eさんの提案は否定されてはいません。しかし、この「何も起きない」という結果は、その後の行動にとって重要な意味を持ちます。
これまで何らかの反応が返ってきていた行動に対し、反応が与えられなくなると、その行動は次第に起こらなくなります。この現象をCBTでは「消去」と呼びます。
つまり、Eさんの改善提案行動は、マネジャーの無反応によって消去されていったのです。
心理的安全性が低下する場面では、「否定された記憶」よりも、「言っても何も起きなかった経験」が積み重なっていることが少なくありません。
人は「行動しても結果が伴わない」ことを学習すると、最も合理的な選択として行動しないことを選択します。
ポイント
- 否定しなくても、無反応は行動を減らす
- 良い行動ほど意識的に反応を返す
- 忙しいときほど「見ている」「聞いている」を言語化する
職場の心理的安全性を保つには、何らかの形で行動に対する反応の継続が欠かせません。
まずはマネジャーや周囲の同僚が、発言行動への承認と、なんらかの反応を示すべきです。
今回のキーワード:消去(Extinction)
消去とは、これまで結果が伴っていた行動に対し、反応や強化が与えられなくなることで、その行動が次第に起こらなくなる現象を指します。否定しなくても、無反応は行動を減少させる力を持っています。
